大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(う)283号 判決

所論挙示の戸籍抄本に被告人の出生年月日として所論摘示のとおりの記載があり、かつ、戸籍が人の身分関係を公証するための公文書であつて強い証明力を有し、その記載と異なる事実を認定するについて慎重を期せねばならないことは所論のとおりであるが、しかし、戸籍法上市町村長が戸籍上の届出を受理するに際しては単にそれが民法戸籍法等に規定されている実体的または形式的要件を具備しているか否かの点につき形式的な審査をなし得るにとどまり、届出の内容が真実に合致するや否やの点にまで立ち入つて実質的な審査をなす権限も義務もないことや、戸籍の訂正についても必ずしも確定判決に基くことを必要とせず比較的簡易な手続によることが認められ市町村長の職権による訂正すら可能とされている点等から考察すれば、戸籍の記載は、単に一応の証明力を有するだけであつて、反証を許さない絶対的公信力をもつものではないと解するのが相当であり、また戸籍訂正に関する戸籍法上の規定も単に戸籍の記載を真実に合致させるための手続を定めただけで、その訂正手続を了した後でなければ、その記載と異なる事実の主張や認定を許さない法意でもないと解するべきであるから、裁判所は戸籍の訂正をまつまでもなく、他の証拠により、その記載内容の真否を自由なる心証をもつて判断し、その記載と異なる認定をなすを妨げないといわねばならない。これを本件についてみるに、被告人および神前ハツの検察官に対する各供述調書や証人神前ハツの当審公判廷での証言を総合し、前掲戸籍抄本の記載内容と比較検討すると、被告人は、元来、昭和一一年四月三〇日神前吉太郎とその妻ハツとの間に生れたのであるが、戸籍上は当時樺太に居住しそこに本籍のあつたハツの両親粟津徳次とサワとの間に生れた長男として出生届がなされていたところ、終戦後引揚げて昭和二八年頃右徳次によつて現在の上砂川町に就籍手続がなされるにあたり、徳次の手違いから新しい戸籍簿には被告人の出生年月日が昭和一二年四月三〇日と実際よりは一年遅く生まれたような記載になつたことが認められる。そしてかような手違いは徳次のように終戦という事情に加えて被告人出生後数年も経ていてすでに老境にあつたことがうかがえる者にとつては往々おかされがちのことであるとみても必ずしも不当のものではないと判断されるうえに、被告人やその生母である神前ハツにおいてあえて被告人の年齢を虚構すべき特段の事情の認められない本件にあつては、前記戸籍抄本の記載にかかわらず、前認定に徴し、被告人の本当の出生年月日は昭和一一年四月三〇日と認定するのがむしろ相当であつて、このような認定は合理的根拠をかきまたは採証の法則に反すると批議されるいわれは毫もない。原判決もまた右と同一趣旨に出たものと認められる。してみると、本件起訴当時の昭和三二年二月一九日においては、被告人はすでに少年法にいう少年でないことが明らかであるから、これと異なる見解に立つての所論は、その前提をかくこととなるので到底採用し得ない。原判決には所論のような不法に公訴を受理した違法はなく、論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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